大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和61年(ワ)1608号 判決 1989年1月26日

原告 桃城興産株式会社

右代表者代表取締役 中道代志

右訴訟代理人弁護士 坂本正寿

同 谷本俊一

被告 株式会社勤労者住宅サービス

右代表者代表取締役 高橋純子

<ほか一名>

右被告両名訴訟代理人弁護士 崎間昌一郎

被告 株式会社フレール

右代表者代表取締役 山中利夫

右訴訟代理人弁護士 杉島勇

同 杉島元

主文

一  被告らは、各自、原告に対し、金二〇〇〇万円及びこれに対する昭和六一年一月二四日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自原告に対し、金二〇〇〇万円及びこれに対する昭和六一年一月二一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告三名)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(被告株式会社フレール)

仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和六〇年一二月二六日、被告株式会社勤労者住宅サービス(以下、「被告勤労者住宅サービス」という。)および被告高橋夏彦(以下、「被告高橋」という。)との間で、原告を売主とし、被告勤労者住宅サービスおよび同高橋を買主とし、別紙物件目録記載の土地建物(以下、「本件不動産」という。)を代金一億九六一七万六〇〇〇円で売買する契約(以下、「本件売買契約(一)」という。)を締結した。

本件売買契約(一)においては、買主が被告勤労者住宅サービス及び同高橋となっているが、同契約にもとづいて買主が売主に負担する債務については、買主両名が連帯してその履行の責めに任ずるとの約定がなされた。

2  右売買契約において、売買代金の支払いについては、昭和六一年一月二〇日限り金五〇〇〇万円、昭和六一年二月五日限り残代金を支払うことと約定され、また買主が昭和六一年一月二〇日に右内金五〇〇〇万円を支払わなかったときは、売主は本件売買契約(一)を解除することができ、この場合買主は売主に対し違約金として金二〇〇〇万円を支払わなければならないとの契約がなされた。

3  しかしながら、被告勤労者住宅サービス及び同高橋は、昭和六一年一月二〇日に金五〇〇〇万円を支払わず、同年二月五日を経過した後も右売買代金を全く支払わない。よって、原告は、昭和六一年二月一三日、被告勤労者住宅サービス及び同高橋に対し、本件売買契約(一)を解除する旨の意思表示をなし、右通知は同月一四日右被告らに到達した。

4  右契約解除にともない、原告は被告勤労者住宅サービスおよび同高橋に対し、連帯して違約金二〇〇〇万円を支払うよう請求したが、右被告らはこれを支払わない。

5  被告勤労者住宅サービスは、昭和六一年一月一三日、被告株式会社フレール(以下、「被告フレール」という)との間で、次のとおり売買契約を締結した(以下、「本件売買契約(二)」という。)。

(一) 被告フレールは同勤労者住宅サービスから別紙物件目録記載の各土地(以下、「本件土地」という。)を買い受ける。

(二) 売買代金は坪単価金八五万円とする。

(三) 手付金は金五〇〇〇万円と定め、手付金の支払日は昭和六一年一月二一日とする。

(四) 売買残代金の支払ならびに所有権移転の日は、昭和六一年二月五日とする。

(五) 売買物件の面積は実測面積取引とする。

(六) 地上建物は売主の責任で解体し更地とする。

(七) 買主が昭和六一年一月二一日に手付金五〇〇〇万円を支払わなかったときは、買主は売主に対し違約金として金五〇〇〇万円を支払わなければならない。

6  ところが、被告フレールは、昭和六一年一月二一日に手付金五〇〇〇万円を支払わず、今日に至るも放置している。よって、同被告は被告勤労者住宅サービスに対し、金五〇〇〇万円の違約金を支払う義務がある。

7  しかし、被告勤労者住宅サービスは、被告フレールに対する違約金請求権を自らは行使せず、また、被告勤労者住宅サービス及び同高橋は無資力である。

8  よって、原告は、被告勤労者住宅サービス及び同高橋に対し右金二〇〇〇万円の違約金の支払を求めるとともに、同違約金請求権を保全するため、被告勤労者住宅サービスが被告フレールに対して有する金五〇〇〇万円の違約金請求権のうち金二〇〇〇万円について、被告勤労者住宅サービスに代位して、被告フレールに対し、その支払を求める。

9  被告フレールに対する予備的請求原因

仮に、本件売買契約(二)が成立したと認められない場合、原告は、予備的に次のとおり追加主張する。

(一) 被告フレールと同勤労者住宅サービスは、被告フレールが本件不動産についての買付証明書を作成、発行するにあたり、右両者間の右不動産取引が同被告の都合で契約成立に至らなかった場合には、被告勤労者住宅サービスが原告に支払うべき違約金相当額である金二〇〇〇万円を、被告フレールが被告勤労者住宅サービスに支払うとの合意をなした。

被告フレールはつぎのような事情、すなわち、原告と被告勤労者住宅サービスの間で売買契約が締結されたこと、右契約は被告勤労者住宅サービスが被告フレールに本件不動産の所有権を取得させることを唯一の目的としてなされ、被告勤労者住宅サービスが本件不動産を保有する意思も能力もないこと、したがって被告フレールが本件不動産を買受けないことになれば、原告との関係で被告勤労者住宅サービスが違約することになること、その結果、被告勤労者住宅サービスは原告に対し違約金二〇〇〇万円の支払義務を負うことになること、を十分了解しており、万一被告フレールの都合で契約成立に至らなかった場合には、被告勤労者住宅サービスが原告に支払うべき違約金相当額である金二〇〇〇万円を、被告フレールが被告勤労者住宅サービスに支払うことを了承していたものである。

(二)(1) 前記(一)の合意が認められないとしても、被告フレールと被告勤労者住宅サービスは具体的な取引関係に入ったのであるから、契約の成立に向けて互いに相手方に不測の損害を被らせないよう配慮すべき信義則上の賠償責任がある。

本件の取引は、フレールの所有権取得に向けて関係者が鋭意努力を重ね、次のような経過を経て契約成立寸前のところまで熟したものであったところ、被告フレールの一方的な翻意により成立に至らなかったものである。

(2) すなわち、被告フレールは、昭和五九年一二月ころ、被告勤労者住宅サービスに対し、本件不動産の買取の仲介を依頼し、同六〇年九月二五日、同被告に対し、本件不動産を、坪単価金八六万円で同年一〇月から一二月の時期に買ってもよい旨の意思を表明した。

原告は、この間、最終的に被告フレールに本件不動産を売却すべく、本件土地のうち訴外小笹の所有であった土地につき、その所有権を取得するべく交渉を重ね、同年一二月二一日、右土地を取得し、被告フレールへの売却が可能となった。

ただ、原告は、訴外小笹からの買受土地をいつまでも保有しておく資金的余裕がなく、被告フレールから支払を受ける予定の代金を訴外小笹に支払うべき代金に当てる予定であったため、被告勤労者住宅サービスに対し、早急に、被告フレールとの売買契約を成立させるよう申し入れた。

そこで、被告勤労者住宅サービスが一旦本件不動産を原告から買い受け、同被告から被告フレールがこれを買い受けることとなり、被告高橋においては被告勤労者住宅サービスの原告に対する責任と同様の責任を負うという趣旨のもとに、右両被告を買主とする本件売買契約(一)がなされた。

右のように、被告勤労者住宅サービスの立場は実質的には仲介であり、本件売買契約(一)は、本件不動産が最終的には被告フレールに売却されることが前提となっていたものであり、したがって、被告勤労者住宅サービスは、原告との本件売買契約(一)の締結に当り、違約金の約定を含め、その契約内容のすべてについて、被告フレールの了解を得ていた。また、被告フレールは、被告勤労者住宅サービスに対し、自己の手付金の支払期日を昭和六一年一月二一日とし、同手付金を支払う期日までに本件不動産のすべての負担を抹消することを条件として提示し、同被告が、右条件を原告に伝え、その了解が得られたので、被告フレールは、同年一月一三日、被告勤労者住宅サービスに対し、請求原因5記載の、本件売買契約(二)の内容(二)ないし(六)の条件並びに手付金支払期日までにすべての負担を抹消することとの条件で本件不動産を買い受ける旨の意思表示をしたのである。

(3) 被告勤労者住宅サービスは、被告フレールのかかる背信的な行為により原告に対する違約金金二〇〇〇万円相当額の損害を被ったのであるから、被告フレールは信義則上これを賠償する責任を負うべきである。

(三) 前記(一)あるいは(二)にもとづいて被告勤労者住宅サービスは被告フレールに対して金二〇〇〇万円を請求することができるところ、被告勤労者住宅サービスは無資力であるから、原告は債権者代位によりその支払を求めるものである。

二  請求原因に対する認否

(被告勤労者住宅サービス及び同高橋)

1 請求原因1の事実中、被告高橋が本件売買契約(一)を締結したこと、同被告が同契約について履行の責任があることは否認し、その余は認める。

2 同2ないし6の各事実は認める。

3 同7の事実は、被告勤労者住宅サービス及び同高橋が無資力であるとの点を除き、争う。

4 同8は争う。

(被告フレール)

1 請求原因1ないし4の各事実は不知。

2 同5の事実は否認する。

3 同6ないし8は争う。

4 同9の事実中、(一)の合意が成立したこと及び、同(二)のうち、被告フレールが被告勤労者住宅サービスから、「買主が昭和六一年一月二一日に手付金五〇〇〇万円を支払わなかったときは、買主は、売主に対し、違約金として金五〇〇〇万円を支払わなければならない。」との売買条件の提示を受けたことは否認し、その余は争う。

三  抗弁(被告勤労者住宅サービス及び同高橋)

1  原告と被告勤労者住宅サービスの本件売買契約(一)に定められている違約金の支払いについては、後に原告からその支払いにつき免除された。

すなわち、本件売買契約(二)に定められた内金五〇〇〇万円の支払日の昭和六一年一月二一日、本件不動産の実質上の買主である被告フレールから被告勤労者住宅サービスに対し、右支払を二日延ばしてもらいたい旨の申出があったので、被告勤労者住宅サービスはこれを原告に伝え、前記取引日を二日延ばしてもらった。さらに、同月二三日になって、被告フレールから同勤労者住宅サービスに対し本件不動産は購入しない旨の意思表示があったので、被告勤労者住宅サービスは原告にこの旨伝えたところ、原告は同被告に対し、「昭和六一年二月五日までに他の買受人を探してくれれば、実質損害はないので違約金の支払も請求しない。」との意思表示をした。そこで、被告勤労者住宅サービスは奔走し、本件不動産の買受人を探し出し、右期日までにこれを原告に伝えたが、原告は、原告において別の第三者を探しだし、その第三者に売却がきまったとして、被告勤労者住宅サービスのもちこんだ商談を断った。

よって、被告勤労者住宅サービスは原告に対し、原告が被告勤労者住宅サービスに約束した、前記違約金の支払につき免除する条件につき、それを満たす所為をおこなっているから、同被告にはその支払をする義務はない。

2  また、右免除の意思表示が認められないとしても、契約当事者間に取引日の延期が了解され、被告勤労者住宅サービスにおいて、最終取引日には別の買主を探しだし、原告には何らの損害を与えていない本件において、違約金を請求することは信義則に反するもので認められない。とくに、本件契約においては、原告も認めているように、事実上の買主は被告フレールであって、同勤労者住宅サービスではなく、被告勤労者住宅サービスは単に仲介者に過ぎない。このような場合、被告勤労者住宅サービスとしては、仲介者としての責任を果たせばよいところ、原告も、当初の買主である被告フレールが契約する意思がないことが分かった時点で、他の買主を探してもらってよいとしたため、被告勤労者住宅サービスは、約定の期限である昭和六一年二月五日、他の買主を仲介しようとしたが、原告より別の買主が見付かったとして断られたものであり、勤労者住宅サービスとしては、仲介者としての責任を十分に果たしているのである。

以上のような諸事情が存し、しかも具体的な損害も生じていない本件のような場合、たとえ契約上違約金の支払の約定があっても、これを請求することは信義則に反し許されない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の免除をしたことは否認する。

2  同2の事実中、原告に具体的損害が生じていないことは否認し、本件違約金の請求が信義則に反するとの主張は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1ないし3について

1  被告勤労者住宅サービスと原告との間に、昭和六〇年一二月二六日、本件売買契約(一)が締結され、同契約において、請求原因2の違約金の約定がなされたこと、同被告が右契約で定めた代金の第一回支払分金五〇〇〇万円を支払わなかったことは、原告と右被告との間において争いがなく、《証拠省略》によれば、被告勤労者住宅サービスは不動産仲介等を業務目的としている会社であるが、被告高橋は、被告勤労者住宅サービス設立当時の代表取締役であって、その後その代表者が被告高橋の妻高橋純子となってからも、同人から委せられて被告勤労者住宅サービスの経営に当ってきたこと、被告フレールは、大阪ガスの仕事をしている訴外森本配管株式会社(以下「森本配管」という。)から、その所有のビルを賃借してこれを事務所としていたものであるが、森本配管から、大阪ガスの所在地から一キロ以内の範囲で適当な代替地があれば、同ビル及びその敷地(以下「森本ビル等」という。)を被告フレールに譲渡してもよい旨きかされ、昭和五九年末ころ、先に何回か不動産仲介を依頼したことのある被告勤労者住宅サービスに対し、右森本ビル等の代替地を探すよう依頼し、同被告は、本件土地が右依頼にそうものと考え、そのころ、原告のもとに、本件土地を買いたい者がいるとの話を持ち込んだこと、被告フレールは、昭和六〇年九月二五日、被告勤労者住宅サービスに対し、本件不動産を、坪単価金八六万円で、昭和六〇年一〇月から同年一二月の間の時期に買ってもよい旨の買付証明書を発行し、同被告は、右証明書の交付を受けたころ、その写を原告に交付したこと、ところで、本件土地のうち、別紙物件目録2、3の各土地は、昭和六〇年八月当時訴外小笹昌一外一名の所有であったことから、原告は、まず右各土地を自己が買い取るべく右訴外小笹らと交渉を始め、交渉の結果、同年一二月二一日、右訴外小笹らとの間で、原告が右各土地を買い受ける旨の契約を締結し、その手付金の支払いも了したこと、そして、原告は被告勤労者住宅サービスに対し、同被告または被告フレールのいずれかで、早く本件不動産の売買契約をしてくれるよう、再三申し入れ、そうでなければ他にこれを売るかもしれない旨述べたことから、被告勤労者住宅サービスは、被告フレールに対してその旨を伝えたところ、同被告の代表者山中利夫は、年末で忙しいため、被告勤労者住宅サービスの方で話をまとめておくよう同被告に述べたこと、そこで、被告勤労者住宅サービスは、自己が実質上本件不動産を保有する資力も意思もなかったが、最終的には被告フレールにおいて買い受けることが前提になっているところから、同被告の所有権取得のための物件確保のみを目的として被告勤労者住宅サービスが一旦本件不動産を買い受ける契約をしておくこととし、昭和六〇年一二月二六日、原告との間で本件売買契約(一)を締結したこと、同契約では、目的物件中、本件土地上の建物については、原告において解体するとの約定がなされたため、売買代金は土地のみを基準に定められたものであること、右契約締結の際、同契約締結行為をした被告勤労者住宅サービスの実質上の経営者である被告高橋は、原告と当時の被告勤労者住宅サービスの代表取締役である高橋純子と面識がなく、被告高橋個人も右契約に基づく被告勤労者住宅サービスの責任と同一の責任を負ってもらいたいとの原告の要請があったことから、同被告と共に被告高橋個人も買主となることに合意ができ、同契約の買主を右被告両名として同契約がなされたこと、もっとも、同契約に当り作成された誓約書には、被告高橋の署名押印はないが、これは、たまたま同被告が、同被告個人の印鑑を持ち合わせていなかったためであること、被告勤労者住宅サービスは、右契約を締結する前に、被告フレールに対し、同契約内容を、同契約に定める第一回目の支払金五〇〇〇万円の支払を怠ったとき、被告勤労者住宅サービス及び同高橋が原告に対し金二〇〇〇万円の違約金を支払う旨の約定を含めて知らせたが、これに対し、被告フレールは別段異議も述べず、これを了承したこと、したがって、被告勤労者住宅サービスは、被告フレールにおいて、自己との間に右契約と実質的に同一の条件で本件土地の売買契約を締結するものと信頼して本件売買契約(一)を締結し、また、右契約後、同契約のなされた日に、同契約内容を記載した前記誓約書を被告フレールのもとへ持参してこれを交付したこと、昭和六一年一月になってから、被告フレールは、被告勤労者住宅サービスに対し、本件売買契約(一)では、原告において本件土地の根抵当権等の負担を抹消すべき時期が同土地引渡時(同年二月五日)となっていたのを、売買契約成立時までに抹消してほしい旨申し入れ、これにつき、同被告及び同被告を介して原告が了承したので、同年一月一三日、右根抵当権等の負担の抹消時期を契約日とし、契約日を同年一月二一日とするほかは、本件売買契約(一)と同一内容、すなわち、代金は坪単価金八五万円、実測取引とする、所有権移転日は同年二月五日、地上建物は売主の責任で解体し更地とする、手付金は金五〇〇〇万円とし契約日に支払う、等の条件で買い付ける旨の買付証明書を被告勤労者住宅サービスに交付したこと、被告勤労者住宅サービスは、そのころ右買付証明書を原告に見せ、原告は、本件売買契約(一)で定めた第一回目の代金(手付金)の支払日を、同契約で定めた同年一月二〇日より一日後の同月二一日とすることを了承したこと、ところが、被告フレールは、同年一月二一日になって、被告勤労者住宅サービスに対し、本件土地の売買契約を少し待ってほしい旨伝え、同月二三日には、同土地を買わない旨同被告に対し意思表示したこと、被告勤労者住宅サービス及び同高橋は、原告から、同被告らの原告に対する第一回代金支払日を二日間猶予してもらったものの、被告フレールが売買契約をしないため、本件売買契約(一)で定められた第一回目の代金五〇〇〇万円の支払が同年二月五日に至るもできなかったこと、原告は、同年二月一四日到達の書面で、右被告両名に対し、右代金五〇〇〇万円の不払を理由に右契約を解除する旨の意思表示及び違約金二〇〇〇万円の支払を請求したこと、以上の事実が認められる。

《証拠判断省略》

2  右認定した事実によれば、請求原因1、2の事実を認めることができる。そして、被告勤労者住宅サービス及び同高橋が本件売買契約(一)で定められた代金の第一回目の支払分金五〇〇〇万円を支払わなかったことは右認定したとおりであるから、右被告らは、連帯して原告に対し、同契約で定められた違約金二〇〇〇万円を支払うべき義務を負うに至ったというべきである。

二  被告勤労者住宅サービス及び同高橋の抗弁について

1  同抗弁1について

右被告らが原告から、本件売買契約(一)に基づく第一回代金支払日を二日猶予してもらったことは前記一の1で認定したところであり、《証拠省略》によれば、被告勤労者住宅サービスは、被告フレールから本件土地の買受けをしない旨通告された昭和六一年一月二三日、原告に対し、他の買主を見付ける努力をする旨述べたところ、原告は、同年二月五日までに探してくれればいい旨答えたこと、同被告は他の買受人を探すべく奔走したこと、は認められるが、右事実をもっては、原告が同被告に対し、単に他の買受人を探してくれば前記違約金支払債務を免除する旨約したとまで認められず、他に原告が右被告及び被告高橋主張の条件付債務免除の意思表示をしたことを証するに足りる証拠はない。のみならず、仮に、原告が右被告勤労者住宅サービスに述べた言が、同被告において、本件売買契約(一)と同等の条件で買う買受人を右期限までに探してきた場合、違約金支払債務を免除するとの趣旨であると解し得たとしても、同被告が右期限までに右条件で買う買受人を探し出したとの被告高橋本人及びこれに副う被告フレール代表者の各供述部分は、具体性に欠け、にわかに措信できず(他にこの点を認めるに足る証拠はない)、他に前記被告ら主張の抗弁1を認めるに足りる証拠はないから、前記抗弁1は採用し難い。

2  抗弁2について

原告と被告勤労者住宅サービス及び同高橋との間において、第一回代金支払日が二日猶予されたことは前示のとおりであり、《証拠省略》によれば、原告は、昭和六一年三月二五日ころ、本件土地を第三者に売却していることが認められ、更に、前記一1で認定した事実に照らすと、被告勤労者住宅サービスは、本件の売買につき実質上は仲介人にすぎないものといえるところ、右認定したように、同被告は、被告フレールが買受けを断わった後他の買主を探すべく努力しているなどの事情はあるけれども、前示のように、被告勤労者住宅サービスが、本件売買契約(一)と同等の条件で買う買受人を探してきたと認めるに足る証拠はないから同被告が仲介人としての責任を十分果たしたということはできず、また、同契約で定められた前記違約金の約定は、債務不履行の場合に支払われるべきものと定められた損害賠償額の予定と推定されるから(民法四二〇条三項)、実際の損害額の少ないことによる減額や、同損害額のないことによる免責は認められないことなどに照らすと、前記事実及び事情が存し、かつ原告に具体的損害が生じていないからといって、原告の被告勤労者住宅サービスや被告高橋に対する前記違約金の請求が信義則に反すると断定することはできない。

よって、前記抗弁2も採用できない。

三  右一、二でみてきたところによれば、被告勤労者住宅サービス及び同高橋は、本件売買契約(一)で定められた違約金の約定に基づき、連帯して原告に対し、違約金二〇〇〇万円及びこれに対する第一回代金支払期限である昭和六一年一月二三日(前示のように原告の猶予により本来の支払期限である同年一月二一日が二日間延期されたもの)の翌日である同月二四日以降完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるというべきであるから、原告の右被告らに対する本件請求は右認定の限度で理由があるものとして認容し、その余は失当として棄却すべきである。

四  次に、被告フレールに対する請求について検討する。

1  主位的請求について

原告は、被告勤労者住宅サービスと被告フレールとの間に、昭和六一年一月一三日、本件売買契約(二)が成立したと主張するが、同契約の如く代金が二億円近い高額の不動産売買契約取引をする場合、それに応じた体裁の売買契約書が交わされるのが通常であると考えられるところ、《証拠省略》及び前記一1で認定した事実によれば、本件では、右被告間において被告フレールのみの記名押印しかない前記買付証明書が発行されているにすぎず、また、同書面には、契約日は同年一月二一日と定められていることが認められ、この事実に徴すれば、前記一で認定した、本件売買契約(一)の成立の事実、右買付証明書の発行に至るまでの経緯等を考慮に入れても、なお、右買付証明書の交付により、被告勤労者住宅サービスと被告フレールとの間に本件売買契約(二)が成立したとの原告の主張を肯認するに至らず、他に、原告の前記主張を認めるに足りる証拠はない。

よって、原告の主位的請求は、その余につき調べるまでもなく理由がない。

2  予備的請求について

(一)  前記一1で認定した事実及び《証拠省略》によれば、被告勤労者住宅サービスが前記違約金の定めを含む本件売買契約(一)を締結することは被告フレールにおいて事前に了承していたものであり、同契約の締結は、被告フレールに本件土地を購入させることを唯一の目的としてなされたものであって、被告勤労者住宅サービスや同高橋には、本件土地を実質上保有する意思も資力もなかったことが認められるが、右事実をもって、直ちに、被告フレールが前記買付証明書を発行するに当り、同被告と被告勤労者住宅サービスとの間に、被告フレールの都合で本件土地の売買契約が成立しなかった場合に、同被告は被告勤労者住宅サービスが原告に支払うこととなる違約金相当額金二〇〇〇万円を同被告に対し支払う旨の合意がなされたと即断し難く、他に、右合意がなされたとの原告の主張を証するに十分な証拠はない。

よって、原告の右主張は採用できない。

(二)  そこで、すすんで、原告主張の信義則による賠償責任の有無について判断する。

契約の準備段階に入ったものは、互いに相手方に対し、財産上の損害の発生を防止すべき信義則上の義務があり、右準備段階において事実上交渉した内容をもって、相手方に対し、契約が成立するとの信頼を抱かせながら、正当な理由なく契約交渉を打ち切った場合これにより相手方が蒙った損害を賠償すべき責任があると解される。

本件についてみるに、前記一で認定した事実によれば、本件土地の売買取引における被告勤労者住宅サービスの立場は、実質的には仲介であって、前記違約金の約定を含む本件売買契約(一)の締結は、被告フレールに本件土地の所有権を取得させることを唯一の目的としてなされたものであり、したがって同契約は最終的には被告勤労者住宅サービス及び被告フレール間で実質的に同一条件の売買契約がなされることを前提とし、したがって、また、本件売買契約(一)に基づく被告勤労者住宅サービスの債務の履行は、同被告と被告フレール間の売買契約に基づく債務の履行と少くとも同時になされることを前提とし、かつ本件売買契約(一)は被告フレールの事前の了承のもとになされたものであり、したがって、被告勤労者住宅サービス自身も、被告フレールが自己と売買契約を成立させるものと信頼して原告との間で本件売買契約(一)を締結したものであるところ、被告フレールは、自己の一方的な翻意により、被告勤労者住宅サービスに対し、本件土地の売買契約をしない旨通告し、結局被告フレールと被告勤労者住宅サービス間の右土地の売買契約が不成立となったため、被告勤労者住宅サービスは、原告に対する本件売買契約(一)に基づく第一回代金支払債務の履行ができず、その期限を徒過した昭和六一年一月二四日、原告に対し、違約金二〇〇〇万円を支払うべき義務を負うに至ったものであるから、被告フレールは、自己の仲介人である被告勤労者住宅サービスに対し、前記経緯のもとに、違約金の定めのある本件売買契約(一)を同被告が原告と締結することを事前に了承することにより、同被告に、同被告と被告フレールとの本件土地の売買契約が成立すると信頼させておきながら、正当な理由なく被告勤労者住宅サービスとの売買契約を不成立に至らしめ、その結果同被告に前記違約金二〇〇〇万円相当の損害を蒙らせたものというべきである。

そうすると、被告フレールは、被告勤労者住宅サービスに対し、信義則上、右損害金二〇〇〇万円及びこれに対する昭和六一年一月二四日以降支払済みに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるというべきである。

(三)  そして、《証拠省略》によれば、被告勤労者住宅サービスは被告フレールと取引関係が継続しており、同被告に対し、右損害賠償請求権を行使しないこと、被告勤労者住宅サービスは、無資力であって、原告に対する前記違約金を支払うことができないことが認められ、この認定に反する証拠はない。

(四)  右(二)、(三)及び前記三で認定判示したところによると、原告は被告フレールに対し、被告勤労者住宅サービスに対する前記違約金債権を保全するため、同被告に代位して、同被告の被告フレールに対する前記(二)の損害賠償債権に基づく支払を請求できるものというべきであるから、原告の被告フレールに対する予備的請求(二)は、原告が同被告に対し、右(二)の損害賠償債権金二〇〇〇万円及びこれに対する昭和六一年一月二四日以降右支払済みまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるものとして認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきである。

五  よって、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条、九二条を適用し、仮執行宣言の申立については相当でないから却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 武田多喜子)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例